当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

あるがままのありつぶれ

皆さんは次のフレーズをご存じでしょうか。

あるがままのありつぶれ

これをご存じの方は禅の文献に詳しい方とお見受けいたします。私が大昔、禅関係の本をあれこれアトランダムに読んでいた頃ごく稀に ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

「真我という名の知覚」をめぐるあの会話の続き

前回は、覚醒者パパジと質問者の間で交わされた「真我という名の知覚」をめぐる会話の一部を紹介させていただきました。が、この会話には当然ながら続きがあります。以下はその続きの中からの抜粋です。

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

真我という名の知覚=永遠の未知

真我という名の知覚(気づき)が、私たちから見て特殊なものであると言える理由は少なくとも二つはあります。その一つ目は、それが「感じること(一般的な意味における感じること・誰もが知って

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

真我が見ることのできるものの一つは感情

真我が見ることのできるものは何も私たちの眼や耳などに入ってくるものばかりではありません。私たちの心に生じる気分や感情なども、真我が見ることのできるもののお仲間です。

今回は、真我が見る ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

鏡という名の手品師

鏡に映った自分の姿を見て、「あっ自分に似たやつがおる!」なんてことを思う者は人間の世界にはまさかいないでしょうが、動物の世界にはいるようです。昔見たテレビで、鏡に映った自分の姿を見て自分の仲間がそこに居ると思い込んで ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

 

同じ言葉が常に同じ意味を持つとは限らない

言葉というやつにはややこしいところがありまして、同じ言葉でも使用する人によって意味合いが違っていることがあります。それどころか場合によっては、一人の人間が一つのフレーズ ...

当方の真我観・悟り観

真我、それはこの世界の全てが消え失せてもなお残る何か

“「悟りシーン」のブルーオーシャン”とその続編を読まれた方であれば、ここで何の説明もなしに次のようなことを申し上げても、違和感なく受け止められるのではないでしょうか。

目 ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

真我と同一視されやすい「スクリーン上の映像」たち

前回お話ししたことのおさらいになりますが、私たちがその存在を指し示したり思い描いたりすることのできるもの、あるいは私たちにとっての対象物、これを仮にスクリーン上の映像だとしますと、真我( ...

当方の真我観・悟り観

多くの人が真我だと思っているもの=実は真我に見られているもの

私たちがその存在を認めることのできるものたち、ニサルガダッタ・マハラジ風に言うなら「私たちが指し示すことのできるものたち」を仮にスクリーン上の映像になぞらえるとしたら、 ...

掲示板投稿

以下は、『すぴともけいじばん』という悟り(スピリチュアル)系掲示板に2018/11/18(日)から11/25(日)までの間に、私が投稿した文章です。部分的に添削・修整がほどこされています。

悟り系トーク・2018/11