求道者のためのヒント

真我に帰るとは?

これも私の常套句の一つと言えるかも知れませんが、真我が存在している唯一の時間は今です。今が真我の唯一の在りかだと言うこともできるでしょう。従って私たちは、真我に帰るためには自分を今に持ってゆく必要があります。

当方の真我観・悟り観

私に起こることは全て悟りではない

以前私はどこかで、悟りというものに関してこういうことを申し上げたことがあるはずです。「体験に分類されるものは何であれ一つの例外もなく悟りに該当しない」。とはいえ説明の便宜上悟りのことを体験と表現すること ...

求道者のためのヒント

あの実践項目たち

前回の記事では、「これを実践すれば心を脇に置くことができ、その結果として真我を顕在化させることもまたできる」と言える実践項目を八つ挙げさせていただきました。が、ここではその中から、現実的に見て実

真我で見るの意味

真我とは「垂直方向」から全てを見ている者だとも言える

前回の記事の続編ということもあり話の進行上、前回の記事の一部を以下に抜粋させていただきます。

外的なもの内的なものに関わらず、私たちがその存在を認識しているもの全てを仮に ...

真我で見るの意味

真我・フィーリングなき知覚者

「真我は見る者である」という悟者の物言いが「真我は感じる者である」という風に意訳(誤訳)されやすい原因の一つは、日本語の「感じる」という言葉には「見る」という意味合いもあることだと思います。もしかしたら他国 ...

当方の真我観・悟り観

真我でモノを見ている状態は心で掌握しようとすると失われる

前回の記事を読んでおられる方は既にお分かりのことと思いますが、真我でモノを見ている状態がどういうものなのか、言い換えれば「思考も感性(感じること)も介在させずにモノを知覚している ...

ブログ運営

二種類ある悟りや真我に関する話

悟りや真我に関する話というのは、次のような二分の仕方もできます。

A・すでに広く浸透しているもの。多くの人に受け入れられやすいもの。

B・まだ広く浸透していないもの。多くの人には受 ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

今回の話は「真我で見る」の意味というよりは「真我で真我を見る」の意味に関する内容になっています。タイトルとはいくらかズレのある内容ですが、そこのところよろしくお願いします。

悟りの一つ前の段階

悟りの定義の仕方の一つは「真我 ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

真我という名の知覚=永遠の未知

真我という名の知覚(気づき)が、私たちから見て特殊なものであると言える理由は少なくとも二つはあります。その一つ目は、それが「感じること(一般的な意味における感じること・誰もが知って

当方の真我観・悟り観

真我、それはこの世界の全てが消え失せてもなお残る何か

“「悟りシーン」のブルーオーシャン”とその続編を読まれた方であれば、ここで何の説明もなしに次のようなことを申し上げても、違和感なく受け止められるのではないでしょうか。

目 ...