瞑想系身体動作法

瞑想系身体動作法をオススメしたい人たち

前回の記事を読まれた方は、「方法無き方法」や「過去断ちの法」が「表現のための身体動作(何事かを表現することを最終目的とした身体動作)」をしている人向きのものであることがよくお分かりになったと思いま ...

瞑想系身体動作法

二つの「真我発身体動作法」

既に終了し過去のものとなった身体動作を心で振り返らないようにしながら身体動作をする。

※ここに言う「過去」は絶対の今(=瞬間も無い今)を基準とした厳密な意味における過去を指す。

前回も ...

当方の真我観・悟り観

真我でモノを見ている状態は心で掌握しようとすると失われる

前回の記事を読んでおられる方は既にお分かりのことと思いますが、真我でモノを見ている状態がどういうものなのか、言い換えれば「思考も感性(感じること)も介在させずにモノを知覚している ...

当方の真我観・悟り観

真我を対象化できない理由

真我を対象化することはできません。その意味は、「真我とはこれのことか!」とか「これが真我か!」といった具合に、真我の何たるかを心で掌握することはできないということです。

もっと踏み込んで言うなら、そ ...

真我で見るの意味

真我の覚醒を求めている方に取り組んでほしいクエスチョン

私とは誰か? これはご存じの方はご存じのように、あのインドの覚醒者ラマナ・マハリシが世の求道者らに投げかけたクエスチョンであり、真摯に取り組めば真我の覚醒(悟り)が促されるものとし ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

真我が見ることのできるものの一つは感情

真我が見ることのできるものは何も私たちの眼や耳などに入ってくるものばかりではありません。私たちの心に生じる気分や感情なども、真我が見ることのできるもののお仲間です。

今回は、真我が見る ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

真我と同一視されやすい「スクリーン上の映像」たち

前回お話ししたことのおさらいになりますが、私たちがその存在を指し示したり思い描いたりすることのできるもの、あるいは私たちにとっての対象物、これを仮にスクリーン上の映像だとしますと、真我( ...

瞑想系身体動作法

あのクイズを再び

前回は記事の最後に次のようなクイズを出させていただきました。

「方法無き方法」によって真我発の身体動作が可能になるのはなぜか? もしくは、「方法無き方法」を用いるとどうして真我から身体動作を起こせるようにな ...

当方の真我観・悟り観

心から心ではない何かへと自分が切り替わる悟り

悟りとは何か? という問いに対する答えは色々ありますが、その中の一つには次のようなものも含まれています。「自分イコール心という状態」から「自分イコール心ではない何かという状態」への切り替わり ...