真我で見るの意味

真我とは「垂直方向」から全てを見ている者だとも言える

前回の記事の続編ということもあり話の進行上、前回の記事の一部を以下に抜粋させていただきます。

外的なもの内的なものに関わらず、私たちがその存在を認識しているもの全てを仮に ...

真我で見るの意味

真我・フィーリングなき知覚者

「真我は見る者である」という悟者の物言いが「真我は感じる者である」という風に意訳(誤訳)されやすい原因の一つは、日本語の「感じる」という言葉には「見る」という意味合いもあることだと思います。もしかしたら他国 ...

真我で見るの意味

真我の覚醒を求めている方に取り組んでほしいクエスチョン

私とは誰か? これはご存じの方はご存じのように、あのインドの覚醒者ラマナ・マハリシが世の求道者らに投げかけたクエスチョンであり、真摯に取り組めば真我の覚醒(悟り)が促されるものとし ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

この記事は前回の記事の補足という意味合いを持っています。前回の記事を書き終わった後アドリブでとっさに思いついたことを記事にしたものなので、これまでの流れから少し外れた内容になっておりますが、最終回ということでそこは大目に見てください。 ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

今回の話は「真我で見る」の意味というよりは「真我で真我を見る」の意味に関する内容になっています。タイトルとはいくらかズレのある内容ですが、そこのところよろしくお願いします。

悟りの一つ前の段階

悟りの定義の仕方の一つは「真我 ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

あるがままのありつぶれ

皆さんは次のフレーズをご存じでしょうか。

あるがままのありつぶれ

これをご存じの方は禅の文献に詳しい方とお見受けいたします。私が大昔、禅関係の本をあれこれアトランダムに読んでいた頃ごく稀に ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

「真我という名の知覚」をめぐるあの会話の続き

前回は、覚醒者パパジと質問者の間で交わされた「真我という名の知覚」をめぐる会話の一部を紹介させていただきました。が、この会話には当然ながら続きがあります。以下はその続きの中からの抜粋です。

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

真我という名の知覚=永遠の未知

真我という名の知覚(気づき)が、私たちから見て特殊なものであると言える理由は少なくとも二つはあります。その一つ目は、それが「感じること(一般的な意味における感じること・誰もが知って

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

真我が見ることのできるものの一つは感情

真我が見ることのできるものは何も私たちの眼や耳などに入ってくるものばかりではありません。私たちの心に生じる気分や感情なども、真我が見ることのできるもののお仲間です。

今回は、真我が見る ...

当方の真我観・悟り観, 真我で見るの意味

鏡という名の手品師

鏡に映った自分の姿を見て、「あっ自分に似たやつがおる!」なんてことを思う者は人間の世界にはまさかいないでしょうが、動物の世界にはいるようです。昔見たテレビで、鏡に映った自分の姿を見て自分の仲間がそこに居ると思い込んで ...