「悟りシーン」のブルーオーシャン

多くの人が真我だと思っているもの=実は真我に見られているもの

私たちがその存在を認めることのできるものたち、ニサルガダッタ・マハラジ風に言うなら「私たちが指し示すことのできるものたち」を仮にスクリーン上の映像になぞらえるとしたら、私たちにとっての本当の私すなわち真我はそれらの外側に設けられた席からそれらを見ている観客のようなものだと言えます。

が、世の求道者たちに見落としてもらいたくないのは、ここに言う「スクリーン上の映像」の中には、多くの人が真我と同一視している潜在意識とか不可視の波動の領域とかクォンタムフィールドといったものも含まれているという点です。

潜在意識・不可視の波動の領域・クォンタムフィールド・ワンネス・生命の源・暗在系・あるいは宇宙そのもの……こういったものは、多くの人に真我と同一視されがちですが、これらもまた元をただせばここに言う「スクリーン上の映像」のお仲間に他ならないがゆえに真我とは別物なのだということを、世の求道者たちは知っておくべきなんですね。

しかし今はまだ少数派に過ぎないこのような真我観

さて私の直近の投稿である『某悟り系掲示板から①~③』を読まれた方は、前述のような真我観が私ひとりだけのものではないことがよくお分りになったのではないでしょうか。そこで取り上げたいくつかの悟者の言葉が、表現の仕方に違いはあれど、前述のような真我観に合致しているからです。

が、どうしたものかなと思うのですが、前述のような真我観に合致する彼らの言葉というのは現在の「悟りシーン」ではあまり注目されていないというか流布していないように見受けられます。

原因として考えられるのは、それを理解することの難しさ、および、多くの人が意識的・無意識的に抱いている真我観つまり「真我とはきっとこういうものなのだろう」といった想いにそれが沿っていないこと、この二点ですが、実際のところはどうでしょうか。

だからこそ広がる「悟りシーン」のブルーオーシャン

いずれにしてもそういう背景もあって、前述のような真我観の持ち主である私が現在の(あくまでも現在のね)「悟りシーン」において超少数派であることは間違いないでしょう。世の悟り系発信者の大半の支持と賛同を得ているあのエックハルト・トール氏が、前述のような真我観の持ち主ではないことからも、それがお分りいただけると思います。

しかし物は考えようだと言います。それってのは別の角度から見ると、私が現在の「悟りシーン」におけるブルーオーシャンの住人であるということでもあるんですね(ブルーオーシャンって何? と思われた方はネットで調べてちょうだい)。

そういう意味でのワクワク感とヤリガイは感じている今日この頃の私であります。

中島タローでした。

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