某悟り系掲示板から③

以下は、『すぴともけいじばん』という悟り(スピリチュアル)系掲示板に2018/11/18(日)から11/25(日)までの間に、私が投稿した文章です。部分的に添削・修整がほどこされています。

悟り系トーク・2018/11/18(日) 20:13

以前ご紹介させていただいたニサルガダッタ・マハラジの言葉の再掲です。
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身体、感情、思考、概念、時間、空間、存在と非存在、あれやこれ……あなたが指し示すことのできるものはすべてあなたではない。

引用元:『私は在る ニサルガダッタ・マハラジとの対話』発行所/(株)ナチュラルスピリット 48ページ

今回ご注目願いたいのは、彼が「あなたが指し示すことのできるもの」の具体例として挙げているものの中に、「存在と非存在」も含まれている点です。

要するに、「存在と非存在」というものもまた、あなたが指し示すことのできるものの一つであるがゆえに、あなたなのではない、という風に彼は言っているんですね。

では、ここに言う「存在と非存在」とは何でしょうか? それは「目に見えるものと目に見えないもの」言い換えれば、「可視の物質の領域と不可視の波動の領域(クォンタム・フィールド)」ということになるでしょう。

一般に後者すなわち不可視の波動の領域と真我(ほんとうのあなた)は結びつけて考えられがちですし、そんな風に言う人も多いですが、そんなものと真我は関係ないんだよ、とニサルガダッタ・マハラジは言っているわけです。

悟り系トーク・2018/11/20(火) 17:04

・オショー講話録『存在の詩』/発行所めるくまーる からの抜粋
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究極の体験というものは全く体験なんかじゃない。
肝心の体験者が消えうせてしまっているからだ。

・EO氏のネット上の言葉からの抜粋
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我々はあらゆる「体験以前」をその本質としている

・私の見解
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体験に分類されるものは何であれ一つの例外もなく悟りに該当しない。

※とはいえ、かく言う私とて説明の便宜上、悟りのことを体験と表現することはあるのですが…。

悟り系トーク・2018/11/22(木) 15:50

・『22を超えてゆけ』辻麻里子著/ナチュラルスピリット発行168ページからの抜粋
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意識でも無意識でもない、顕在意識でも潜在意識でもない、その向こう側へ辿り着け……。

意識と無意識、あるいは顕在意識と潜在意識をひとまとめにしたものを私たちは心と呼んでいますが、その心の向こう側に辿り着くことを勧めているのが前出の一文です。

心の向こう側にあるもの、それは真我に他なりません。一般的には心の深い層である潜在意識が真我と見なされがちですが実際は、それも超えたところに真我はあるのです。

悟り系トーク・2018/11/23(金) 18:45

間接情報(また聞き)に過ぎないのですが『覚醒の炎―プンジャジの教え/発行所(株)ナチュラルスピリット』という本の中に次のような下りがあるらしいです。
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質問者: 「ある種の知覚が、ある特殊な知覚が起こっているようなのです。」

ここに言う「ある特殊な知覚」とは何なのでしょうか? 少なくともそれが体や心に起こる知覚でないことだけは間違いありません。なぜなら体や心に起こる知覚のことなら誰でも知っており、それを特殊な知覚と呼ぶことはできないからです。

そうしますと、ここに言う「ある特殊な知覚」なるものは心の働きの一つである感じることも含まれていない知覚でなければなりません。心の働きの一つである感じることは私たちにとって既知のものであって特殊なものではないからです。

思考はもとより感じることさえも含まれていない知覚、そんな知覚が私たちの中にはあるんですね。私の見解ではそれは、真我から来る知覚に他なりません。

悟り系トーク・2018/11/25(日) 03:07

『覚醒の炎―プンジャジの教え』という本のカスタマーレビュー(アマゾンのやつ)を読んでいた時見つけた興味深い一文です。
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プンジャジは意識を超えた絶対状態を秘密にした……

ブンジャジが秘密にしたという意識を超えた絶対状態って一体何やねん!? と思われるかも知れませんが、ここに言う意識が顕在意識と潜在意識からなる心を指しているらしいことはお分かりになるのではないでしょうか。

ただ言葉というものはややこしいもので、同じ意識という言葉でも使う人によってそこに込められている意味が違っていることがあります。そのことを念頭に入れた上で、次の一文をお読みください。オショーの講話録の邦訳本『存在の詩』発行所めるくまーる からの抜粋です。
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心を超えたものとは何か?
意識ーー
心を超えたものとは何か?
サッチダーナンダ(Satchitananda)
意識
至福

文脈から察しますに、最初に取り上げた一文に出てくる「意識を超えた絶対状態」なるものと二番目に取り上げた一文に出てくる「意識」は同じものを指しているようです。

ここから読み取れるのは、ブンジャジにしてもオショーにしても心(顕在意識+潜在意識)を超えたところにある何者かの存在を知っていたということです。

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中島タローでした。

 

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