某悟り系掲示板から②

※以下は、『すぴともけいじばん』という悟り(スピリチュアル)系掲示板に2018/11/13(火)から11/17(土)までの間に、私が投稿した文章です。部分的に添削・修整がほどこされています。

悟り系トーク・2018/11/13(火) 16:17

・『私は在る ニサルガダッタ・マハラジッタ・マハラジとの対話』発行所/(株)ナチュラルスピリット 48ページからの抜粋
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身体、感情、思考、概念、時間、空間、存在と非存在、あれやこれ……あなたが指し示すことのできるものはすべてあなたではない。

注目したいのは、マハラジが「あなたではない」と言っているものの中に「空間」も含まれている点です。

・306ページにはこうも書かれています。
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私は身体と宇宙の間に区別をつけはしない。それぞれが互いの原因であり、互いは真実においてひとつなのだ。だが、私はそのすべての外にいる。

なんとマハラジは、私は体の外だけでなく、宇宙の外にもいる、と言っているんですね。

ご紹介したマハラジの話を総合しますと、私たちにとっての本当の私すなわち真我は空間も宇宙も超えたものであるということになります。

そうしますと、大きさにおいて空間や宇宙を超えるものではない、波動の領域とか万物の生命の源といったものも真我ではない、という話になってしまいますよね。

悟り系トーク・2018/11/16(金) 01:33

①“EO氏の悟りの体験とその背景”(http://www.mumyouan.com/e/eoex.html)
という記事からの抜粋
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私は全宇宙の外へ出た。

※これは悟り発生後の状況説明に含まれていた一文です。

②『禅者の世界観』というブログの“スピ系ワンネス&ビジネスについて思うこと/茶話14 ”(https://zensha.exblog.jp/23551952/)という記事からの抜粋
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禅では自分が無い = 宇宙もない
これが自分が無いの意味。
スピ系さんでは、なくならんでしょ、宇宙。

※これは悟りの何たるかについての話に含まれていた一文です。

悟りが起こった後私は全宇宙の外に出た、という①の話も、悟りの中では自分も宇宙も無くなる、という②の話も、深いところでは同じことを言っていると思います。

少なくとも、多くの悟り系メッセンジャーにありがちな宇宙と一体化することをもって悟りとする見解とは真逆のことを述べているという点において、両者は一致しています。

悟り系トーク・2018/11/17(土) 02:01

・タデウス・ゴラス著『なまけ者のさとり方』発行所/(株)地湧社 14ページからの抜粋。
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一つひとつの生きものの基本的な営みは、収縮することと拡大することです。広がることと縮むこと、と言ってもいいでしょう。拡張した生き物は「スペース」となって四方に浸透してゆきます。……。

完全に拡張した生き物は「スペース」、つまり空間状態となります。

タデウス・ゴラスのこの話から読み取れるのは、私たちは最終的には空間と同じ大きさにまでなれる、ということです。

・オショー講話録『信心銘』発行所/(財)禅文化研究所 414ページからの抜粋
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見るものは見られるものより、大きくなければならない。それしかありようはない。……。

あなたは空間を見ることができる。あなたは時間を見ることができる。それなら、あなたの中にいるこの見るものは、その両方より大きいのだ。

オショーのこの話から読み取れるのは、私たちは最終的には空間以上の大きさになれる、ということです。

タデウス・ゴラスとオショー、この二人は共に一般の人たちからは覚者として認識されておりますが、覚者として認識されている全ての人が、必ずしも同じものを見ているわけではない、ということが以上の引用からもお分りいただけると思います。

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中島タローでした。

 

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