真我・垂直の次元の意識〈中編〉

平面状に広がっている私たちの眼に映る物たち

皆さんは気づいておられるでしょうか。私たちの眼に映る世界の像は平面状に広がっているという事実に。平面状に広がっている、とは分かりやすく言い換えるなら、写真のように広がっている、ということですね。

写真で見ますと例えば、球は円に見えますし、立方体は二つか三つの四辺形の集まりに見えますし、水平線をいただく海は横長い帯に見えますし、ピラミッドは三角形のツイタテに見えます。要するに写真の中では、全てのものが奥行きを奪われて平面状になっているわけです。

言うまでもなく私たちは写真を見て、そこに奥行きを感じることはできます。写真には、前にあるものは後ろにあるものより大きく、後ろにあるものは前にあるものより小さく映っておりますから。しかしそれにも関わらず、その像自体には奥行きというものがなく、あるのは平面状の広がりだけです。そもそも写真というものが、紙という平らなものでできているので、当然すぎる話ではありますけれども。

私たちの眼に映る世界の像もまたそれと同じように、奥行きがなく平面状に広がっていることに、皆さんは気がついておられますか。私たちの眼に映る世界の像に私たちの意識が奥行きをを感じているのは事実だとしても、写真と同じようにそれ自体は平面状に広がっており、奥行きというものが無いのです。

この話がイマイチ飲み込めない方は、次のことを思い出してみてください。眼に見えるものと同じ大きさのものが映った写真を、私たちは現実と見間違えることがある。もしも、私たちの眼に映る世界の像と写真が前述のような意味で同種のものでなかったとしたら、そんなことは起こり得ないと思うのですが、どうでしょうか。

以上の話から、私たちは次のような結論を引き出すことができます。私たちの眼は平面しか見ることができない。あるいは、私たちの眼は平面しか映すことができない。

その理由とは?

言うまでもなく私たちの住むこの世界は、平面に奥行きというもう一つの広がりがプラスされた立体の世界です。従って、奥行きを持たない平面だけの存在なんてものはこの世界にはあり得ません。たとえどんなに顔の平べったいお方でも例外なく、横から見るとちゃーんと厚みがあることからも、それは明らかでありましょう(なんちゃって)。

その立体の世界の住人である私たちが、眼に平面しか映すことができないというのは一体、どういう理由によるものでしょうか?

ここで本当のことを申し上げますと、私たちは立体の世界の住人であるからこそかえって眼に平面しか映すことができないのです。立体の世界の住人であるにも関わらず……なのでは決してありません。その意味を知りたかったら、次のように考えてみることです。

もし仮に私たちが、立体の世界ではなく、平面の世界の住人であったとしたら、どんなことになるだろうか? もし少し具体的に言い換えますと、もし仮に私たちが平面の世界の住人であったとしたら、世界は私たちの眼にどのように映るのだろうか? ということですね。

想像力を働かせると、まずこういうことが分かると思います。平面の世界の住人にとっては、視線を動かせる範囲は平面の中だけに限られる、つまり、平面の中だけでしか視線を動かすことができない。

それが分かれば、平面の世界の住人の眼に映るのは線だけである、という理解にたどり着くのはそう難しいことではないでしょう。理由は、平面の中だけでしか視線を動かせないとなると、その視線が捉えることができるのは線だけであることは明らかだからです。
この理解をもう一歩進めて、平面を眼に映すためには平面の外に身を置く必要がある、ということにまで思い至った方には満点を差し上げたいですね。

このようなわけで、立体の世界に居る私たちが平面しか見ることができないのと同じように、平面の世界の住人は線しか見ることができないのです。

立体の世界に居る私たちは平面しか見ることができない。そして、平面の世界の住人は線しか見ることができない。

この二つの事実を見比べた時、その根底に横たわる一つの法則が浮かび上がってきます。線は一次元と呼ばれ、平面は二次元と呼ばれ、立体は三次元と呼ばれることがありますが、その伝に従って説明いたしましょう。ここに言う一つの法則とは次のようなものです。

何次元の世界の住人であろうとも、彼らが見ることができるのはその世界の広がりよりも一次元下の広がりに限られる。逆に申せば、ある次元の広がりを見るためには見る者はそれよりも一つ上の次元に存在していなければならない、ということでもあります。

三次元空間の中に身を置く私たちの眼が平面しか見ることができない理由は、こんなところにあったんですね。

ちなみに次元という言葉がこのような形で使用される場合、次元の数が一つ増えるということは、前の次元の広がりが垂直方向にふくらんだことを意味しています。具体的には、一次元の線が垂直方向に積み重なって二次元の線になり、二次元の線が垂直方向に積み重なって三次元の線になる、ということです。

従って先ほどの話は、次のように言い換えることもできます。ある次元の広がりを見るためには、見る者はその広がりに対して垂直方向に存在していなければならない。具体的には、線を見るためには線に対して垂直方向に身を置かねばならず、平面を見るためには平面に対して垂直方向に身を置かねばならず、立体を見るためには立体に対して垂直方向に身を置かねばならない、ということです。

私たちの眼が立体を見ることができない理由が、これで十二分にお分りいただけたのではないでしょうか。