私の悟り観と現在主流の悟り観の違い/動画

お久しぶりです。

前回の記事の投稿からここに到るまで一カ月以上のブランクがありましたが、その間何をやっていたのかと言いますと実は、YOUTUBEを始めるための勉強に時間の多くを使っておりました。勉強の具体的な中身は、「チャンネル」の開設方法、動画の作り方、およびそれのアップロードの仕方、といったものが主なところです。

そもそも勉強を始める前の私と言えば、YOUTUBEを始めるためにはそれらのことを勉強する必要があるという、そのこと自体を知らないレベルでしたからね。そこからスタートしてどうにかこうにか、第一作目の動画をYOUTUBE上にアップロードできるようになるまでの私の消耗は結構なものでした。楽しさもある消耗ではありましたけれども。

ということで、さっそくではありますが、ここでその私の第一作目の動画を見ていただくことにします。動画のタイトルは『私の悟り観と現在主流の悟り観の違い』です。

いかがだったでしょうか。

ちなみに動画が置かれているチャンネルの名称は『悟りんぼうバンザイ!チャンネル 』と言います。ちょっとハチャメチャな方が印象に残りやすいだろう、ということでこんな名称にさせてもらいました。

この生まれたてのヨチヨチ歩きのチャンネルを、皆さんどうぞよろしくお願いいたします。

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話は変わりますが、一つ前の記事の中でも述べておきましたように、私の前々からの予定では、この記事から潜在意識発身体動作法=「瞬過去ふりかえり法」に関する話を始めることにしておりました。が、「予定は未定」とはよく言ったものです。

先述のような次第で私が、この記事を書く前に急にYOUTUBEを始めることを思い立ち、YOUTUBEデビューするところまで行ってしまったものですから、今回の記事内容もそれ絡みのものにならざるを得なかったんですね。

で、今思っておりますことは、YOUTUBEデビューしてしまった以上はせめて動画の数が十本ぐらいになるまでは動画づくりにのみ専念したい、ということなのです。

なるべく早く動画の数を最低でも十本ぐらいにはしておかないと(最終目標は何百本だとしても)ファンがつかないだろうし、チャンネルの恰好もつかないだろうという理由からです。もちろん動画をアップロードしたらその都度、当ブログで紹介させてもらいます。

その分またまた潜在意識発身体動作法=「瞬過去ふりかえり法」の話は先延ばしになってしまうわけですが、そこのところお許し願います。

今回の話は以上です。

中島タローでした。

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【参考資料・動画『私の悟り観と現在主流の悟り観の違い』のナレーション全文】

※字幕(話の要約など)は省略してあります。その分、動画より話が飲み込みにくいかも知れません。

はい、こんにちは。悟りんぼうバンザイチャンネルにようこそ!
今回は、私の悟り観と現在主流の悟り観の違いについてお話しさせていただこうと思います。

ここに言う悟り観とは「悟りとは何か?」という問いに対する答えのことです。なので、両者の違いというのは、私が悟りと見なしているものと現在最も多くの人が悟りと見なしているものの違いと言い換えることもできますね。

が、その私が悟りと見なしているものと現在最も多くの人が悟りと見なしているものの違いについてお話しする前にまず触れておかねばならないことがあります。それは、私が真我と見なしているものと現在最も多くの人が真我と見なしているものの違いについてです。

なぜかと言いますと、「何を悟りと見なしているか」ということに常に先立つものは「何を真我と見なしているか」ということでありまして、後者を抜きにして前者を語ることはできないからです。

誰においても、「何を真我と見なしているか」ということが「何を悟りと見なしているか」ということの大前提になっているはずなんですね。いくらかの例外はあるとしても、悟り観の違いは基本的に真我観の違いから来ているという風にも言えるでしょう。

ということでくり返しになりますが、本題に入る前の前置きとしてここからの話は、私が真我と見なしているものと現在最も多くの人が真我と見なしているものの違いについてのものになります。

私が真我と見なしているものと現在最も多くの人が真我と見なしているものの違いの主なところを挙げていくと、次のようになります。

一、 前者が宇宙や万物の外側にあるのに対して、後者は宇宙や万物と一つのものとしてある。

二、 前者が心とは別物なのに対して、後者は心の一番深いところにある。

三、 前者が一個の無限大の粒子のような存在@もしくは均質なひとかたまりであるのに対して、後者は無数の粒子の集合タイ@もしくは波動でできている。

これで私が真我と見なしているものと現在最も多くの人が真我と見なしているものの主な違いがお分かりいただけたと思いますが、ここからは話を進めやすくするために仮に、前者を「宇宙の外にあるもう一人の私」と呼び、後者を「宇宙大のもう一人の私」と呼ぶことにいたしましょう。

「宇宙の外にあるもう一人の私」@イコール私が真我と見なしているもの、「宇宙大のもう一人の私」@イコール現在多くの人が真我と見なしているもの、という風に押さえておいてください。

で、これは私の推測に過ぎないことをお断りした上で申し上げますが、前者は中国で昔から言われてきた無極当たり、後者は中国で昔から言われてきた太極に当たるものと思われます。太極拳の太極ですね。

いずれにしても、私たちから見て、自分を超えたもう一人の私と言えるものには「宇宙の外にあるもう一人の私」と「宇宙大のもう一人の私」という二つのものがあるということだけは間違いがありません。

こんな話をすると、ええっ、私を超えたもう一人の私というものには二種類あるの? という声が返ってきそうですが、実はそういうことなんですね。初耳だったでしょうか?

初耳であったとしても無理はないと思います。現在、悟りや真我というものについて説いて聞かせる立場にある人たちの中にさえ、そのことをご存じでない方が大勢いらっしゃるのですから。……あかんあかん、こういう敵を増やすようなことを言ったらあかんですね。

さてそれではこれから以上を踏まえながら、やっと本題に入らせていただきます。もちろん、私が悟りと見なしているものと現在最も多くの人が悟りと見なしているものの違いに関するお話ですね。

両者の違いを簡単に申し上げると次のようになります。私が悟りと見なしているものは「宇宙の外にあるもう一人の私」が「宇宙の外にあるもう一人の私」に気づくこと。気づくものと気づかれるものが同じというわけです。

それに対して現在多くの人が悟りと見なしているものは、この私が体感や実感を通して「宇宙大のもう一人の私」に気づくこと。もしくは、この私が「宇宙大のもう一人の私」と繋がること。

そうしますと、私が悟りと見なしているものの中ではこの私の出番がないことになりますね。そこでは悟る主体は「宇宙の外にあるもう一人の私」自身であってこの私ではないのですから。

それに対して現在最も多くの人が悟りと見なしているものの中ではこの私の出番があることになります。そこでは悟る主体はこの私であって「宇宙大のもう一人の私」自身ではないのですから。

私が悟りと見なしているものと現在最も多くの人が悟りと見なしているものの違いはざっとこんな感じですが、以上の話からもお分かりのように、この違いは基本的に真我観の違いと@悟る主体は誰かということの違い、この二つから来ていると言えます。

以上のような次第で、私が悟りと見なしているものを超簡単に言い表すとすれば「宇宙の外に出る悟り」、そして現在最も多くの人が悟りと見なしているものを超簡単に言い表すとすれば「宇宙と繋がる悟り」、といったものになるでしょうか。

ところで皆さんの中には、私の言う「宇宙の外に出る悟り」なるものに対して次のような感想をお持ちのかたもおられるかも知れません。そういうものを悟りであるかのように言っているのはあなただけだ。あなた以外にそんなことを言っている人は居ない。その意味においてもあなたの悟り観を信用することはできない。

いかがでしょうか?多くの方がダイなり小なりそういう思いを抱いておられるのではないかと私は推測しているのですけれども。

いずれにしてもここで、知る人ぞ知る@今はなき日本の覚醒者@エオ氏のある言葉をご紹介させていただきます。彼は悟りが自分に発生した時のことを述べている文章の中で次のようなことを言っています。

私は全宇宙の外に出た!

悟りが発生した時私は全宇宙の外に出た、という風に彼は述べているんですね。その短い一言から彼に発生した悟りというものがここに言う「宇宙の外に出る悟り」に該当することが見て取れるのではないでしょうか。

これで私を含めて少なくとも二人はここに言う「宇宙の外に出る悟り」の体験者が居ることになりますよね。

どうしてこんな話をしたかと言いますとね、ここに言う「宇宙の外に出る悟り」の体験者が私一人しかいない場合と、私を含めて少なくとも二人はいる場合とではその「宇宙の外に出る悟り」というものに対する皆さんの信用度が全然違ったものになるはずだからなのです。

それは例えばUFOの目撃談が一人の口から発せられた場合と二人の口から発せられた場合とでは、その目撃談に対する人々の信用度が全然違ったものになるのと同じだと言えます。一人と二人の違いは単数と複数の違いでもあるので、そうなるんですね。

最後は少し話が横道にそれた感がありますが、今回の話は以上です。最後までご視聴いただきありがとうございました。