瞑想系身体動作法

瞑想系身体動作法をオススメしたい人たち

前回の記事を読まれた方は、「方法無き方法」や「過去断ちの法」が「表現のための身体動作(何事かを表現することを最終目的とした身体動作)」をしている人向きのものであることがよくお分かりになったと思いま ...

瞑想系身体動作法

「方法無き方法」よりもモノにしやすい「過去断ちの法」

一つ前の記事でもお話ししましたように、真我発の身体動作をできるようになりたいと思っておられる方は、「方法無き方法」と「過去断ちの法」のうちどちらか一つ、自分しっくりくる方をマスターし ...

瞑想系身体動作法

二つの「真我発身体動作法」

既に終了し過去のものとなった身体動作を心で振り返らないようにしながら身体動作をする。

※ここに言う「過去」は絶対の今(=瞬間も無い今)を基準とした厳密な意味における過去を指す。

前回も ...

瞑想系身体動作法

「方法無き方法」から「過去断ちの法」へ

久しぶりの瞑想系身体動作法に関する記事となります。連載再開ですね。

前にも述べましたように、瞑想系身体動作法は次の三つの具体的メソッドから成ります。

①方法無き方法(真我発 ...

真我で見るの意味

真我とは「垂直方向」から全てを見ている者だとも言える

前回の記事の続編ということもあり話の進行上、前回の記事の一部を以下に抜粋させていただきます。

外的なもの内的なものに関わらず、私たちがその存在を認識しているもの全てを仮に ...

真我で見るの意味

真我・フィーリングなき知覚者

「真我は見る者である」という悟者の物言いが「真我は感じる者である」という風に意訳(誤訳)されやすい原因の一つは、日本語の「感じる」という言葉には「見る」という意味合いもあることだと思います。もしかしたら他国 ...

当方の真我観・悟り観

真我でモノを見ている状態は心で掌握しようとすると失われる

前回の記事を読んでおられる方は既にお分かりのことと思いますが、真我でモノを見ている状態がどういうものなのか、言い換えれば「思考も感性(感じること)も介在させずにモノを知覚している ...

当方の真我観・悟り観

真我を対象化できない理由

真我を対象化することはできません。その意味は、「真我とはこれのことか!」とか「これが真我か!」といった具合に、真我の何たるかを心で掌握することはできないということです。

もっと踏み込んで言うなら、そ ...

真我で見るの意味

真我の覚醒を求めている方に取り組んでほしいクエスチョン

私とは誰か? これはご存じの方はご存じのように、あのインドの覚醒者ラマナ・マハリシが世の求道者らに投げかけたクエスチョンであり、真摯に取り組めば真我の覚醒(悟り)が促されるものとし ...

ブログ運営

二種類ある悟りや真我に関する話

悟りや真我に関する話というのは、次のような二分の仕方もできます。

A・すでに広く浸透しているもの。多くの人に受け入れられやすいもの。

B・まだ広く浸透していないもの。多くの人には受 ...